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zoom RSS 四国のキハ47

<<   作成日時 : 2010/09/15 01:16   >>

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 TomixからHG仕様のキハ47の製品化が予定されていますが,マイクロエースからはキハ47四国色4両セットが発売になるようです。マイクロエースは,数年前にJR東海色を出しており,色替えだけで済む四国色もそのうち発売するだろうとは思っていましたが,意外に遅い登場です。単純に0番代と1000番代の4連では無く,四国にだけいる寒地型の初期車も含まれるあたり,マイクロエースらしいというところでしょう。

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 さて,実家が徳島で「汽車通」だったこともあり,キハ47はなじみのある車輛です。地元の徳島線は早くに1000型に置き換えられたため,乗る機会こそ多くはありませんでしたが,徳島駅ではいつも見かける車輛でした。
最近までキハ47天国だった徳島にキハ47が来たのは意外と遅く,JR化後,瀬戸大橋開業の前後のことです。それまで普通列車の主力だったキハ45やキハ20の一部を入れ替える形で松山や高知から移ってきたと記憶します。
 初めて乗車したのは88年の春の日,塾か何かの帰りに乗車した14時30分頃に徳島駅を出る阿波池田行き(4両編成)の最後尾車輛だったと記憶します。広い座席とクリーム色の明るい室内に驚いた記憶があります(寒地型初期車は薄緑ですが実際に乗車するのはもう少し後になります)。それまでのキハ45は座席が狭く,内装も薄緑なので寒々しい感じがし,一方のキハ20はシートは広く,内装もリフレッシュされてクリーム色になっていたものの,窓幅が狭く,蛍光灯のワット数も小さいので薄暗い印象がありました。
 今になっては騒がしいだけで鈍重な印象を与えるDMF15HSAエンジンも,かつて本で見た「新型220馬力エンジン」として新鮮でした。感激の余り?初乗車から暫くして,幸町のクリッパーの2F鉄道模型売り場(地元ネタですみません)で,売れ残っていた永大のキハ47を衝動買いしてしまいました。
 冷房化改造を受けた程度で,下回りはほぼ原型のまま,牟岐線や鳴門線では主力として活躍してきたキハ47ですが,今や1500型に追われ,廃車が進んでいるようです。
 嘗ては常識?だった「ディーゼルカーは遅い」は今では通用するはずも無く,あの原型エンジンの騒がしい音が聞けるのもあと少しなのかもしれません。

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